毛利衛の現在!講演会で語られる名言!息子を育てて大変さを知った館長!

毛利衛(もうり まもる)は、こんな人!

毛利衛は、北海道出身の日本の宇宙飛行士です。

1992年、9月12日~9月20日まで打ち上げられたスペースシャトル『エンデバー』に科学技術者として搭乗しています。

日本人の宇宙飛行士としては、秋山豊寛氏に次いで2人目になります。宇宙飛行士には名言を残した人が多く、ソ連のガガーリン飛行士が言った『地球は青かった』という言葉はあまりにも有名です。

毛利衛さんも帰還直後にテレビカメラを前にしてインタビューで名言を残しています。彼の言った言葉は『宇宙からは国境線は見えなかった』という心にしみる名言を残しています。

さらに、2000年2月12日~2月23日まで、2度目の宇宙飛行に参加しました。

また、著名な科学者としても知られており『日本科学未来館館長』に就任して、科学技術の発展に貢献されています。

面白いエピソードとしては、年子で男の子を育てた経験から子供を育てる大変さを実感していたというのに宇宙に行くことが決まったら、まず最初にやった行動が、なんと小作りだったといいます。

なお毛利衛さんの名言は、宇宙からの帰国直後だけではなく講演会の講演でも名言をいくつも残されています。たとえば、宇宙船地球号で70億の人たちが資源の奪い合いをしたら共倒れになってしまうなどという名言も記憶に残る名言です。

それ以外にもたくさんの名言を離されているので、是非、一度検索してみれば心に残る名言に出会えるでしょう。

毛利衛のプロフィール

出 生 名 毛利衛(もうり まもる)
生年月日 1948年1月29日(69歳)
出 身 地 北海道
ジャンル 宇宙関連事業技術者
職  業 宇宙飛行士、日本科学未来館館長など
(ウイキペディアより)

毛利衛の現在はというと?

現在の毛利衛さんは『日本科学未来館館長』と、『宇宙航空研究開発機構』の有人宇宙環境利用ミッション本部で、有人宇宙技術部主幹開発員をされています。

舌を噛みそうな長い肩書ですが、元宇宙飛行士としての貴重な体験を生かして宇宙に関係するお仕事をされているのは間違いありません。

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