加茂周の現在!元監督の評価は家族や娘よりもサッカー界がどう評価するか?

加茂周はこんな人!

加茂周は、兵庫県出身の日本の元サッカー選手、サッカー指導者です。

関西学院、ヤンマーディーゼルを経て日産自動車サッカー部(後の横浜マリノス)の監督に就任します。

Jリーグ誕生前のアマチュアサッカーが主流だった時代に監督としてだけでなく組織作りも精力的に取り組み1994年12月から1997年10月までサッカー日本代表監督を務めました。

1998 FIFAワールドカップ・アジア最終予選ではエース・ストライカーの三浦和良が不調に陥った事もあり、途中解任されると言う屈辱を受けます。

その後、岡田コーチが監督に昇格し自力優勝が無くなるほど苦しみましたが、結局、イランと第3代表を争う展開となります。その試合で、岡田監督はで日本のエース三浦和選手を交代させると言う思い切った作戦を取りました。

その結果、ゴールデンゴール方式の延長戦になって、後半13分に岡野選手がゴールを決めてワールドカップ出場権を獲得します。

この試合は『ジョホールバルの歓喜』と命名されました。この途中交代の印象から加茂周監督は悲劇の監督と言うイメージが残りますが、監督としての実績はけして小さくありません。

結果が悪いと責任を取らなければいけない代表Aチームの監督の厳しさを加茂周監督の交代劇は教えてくれます。

加茂周のプロフィール

出 生 名 加茂周(かも しゅう)
生年月日 1939年10月29日(77歳)
出 身 地 兵庫県
ジャンル スポーツ
職  業 元サッカー選手、元監督
活動期間 1965年~1967年(選手)、1974年~2009年(監督)
(ウイキペディアより)

加茂周の現在はというと?

現在はサッカー解説者として活躍している加茂周さんですが、2017年8月には、長年のサッカーの発展に尽くした功績が認められて日本サッカー殿堂入りが発表されました。

加茂周監督の評価を解任劇の年だけの印象から低評価する意見もありますが、殿堂入りが示すように日本サッカーの黎明期の発展に貢献したサッカー人としての功績は大きなものがあります。

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