村田兆治の現在!マサカリ投法で上げた抜群の成績!パワプロでも凄い球速!

村田兆治はこんな人!

村田兆治は、広島県出身の元プロ野球選手で、コーチ・解説者・評論家です。

福山電波工業高校時代から剛速球で知られており、その当時から球速が153km前後は出ていただろうと言われていました。

1967年、ドラフト1位で東京オリオンズに入団しました。

でも、後年、どんな試合でもひたむきに全力投球する村田投手からは想像できませんが、若い頃は練習は、遊びまくっていたと言います。

転機となったのは大先輩でベテラン大投手の小山正明氏の猛練習ぶりに驚いたのと、その小山氏に練習態度をいさめられて感激して、心を入れ替えたと言う熱いエピソードがあります。

それ以後、別人のように練習に打ち込んだ結果、常に全力投球するひたむきな村田投手としてプロ野球を代表する名投手への道を歩むことになります。

当時のロッテは、小山正明・成田文男・木樽正明・坂井勝二・金田留広とリーグナンバーワンの投手王国でした。それらの投手から、投球術を学び、あの足を大きく持ち上げるダイナミックなマサカリ投法が生まれたのです。

持ち味は剛速球とフォークボール。1982年に、肘を故障して投手寿命断絶の危機を迎えましたが、渡米して手術を受け、日曜日のみの登板で大活躍して『サンデー兆治』と呼ばれるようになりました。

ロッテ一筋に22年間、通算215勝177敗、奪三振2363。その成績が示すように、打者を豪快に撫で切りにする剛速球投手でした。

村田兆治のプロフィール

出 生 名 村田兆治(むらた ちょうじ)
生年月日 1949年11月27日(67歳)
出 身 地 広島県
ジャンル スポーツセンス
職  業 元プロ野球選手(投手)
活動期間 1968年~1990年
(ウイキペディアより)

村田兆治の現在はというと?

引退した1990年、引退時に140Kmの球速の球を投げた村田投手は、63歳の時に日本ハムファイターズ対千葉ロッテマリーンズ戦の始球式でなんと135㎞の球速を出しています。

63歳の村田投手が始球式前の投球練習で投げる度に球場がどよめきました。

また、村田投手はプロ野球のゲーム『パワフルプロ野球』のキャラとしても人気があるそうです。

もちろん、ゲームの『パワプロ』でも、得意な弾は剛速球とフォークボール!ファンの記憶に深く刻まれ、ゲームでも子供達に人気のある名投手です。

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