釜本邦茂は現在かつらだった?韓国人?NHK画像

日本サッカーの知名度を世界に知らしめた釜本邦茂ってどんな人?

釜本邦茂はこんな人!

釜本邦茂は京都府出身の元サッカー日本代表で元政治家です。

日本のサッカー選手としては伝説の人物なのですがサッカーファンの中にも釜本邦茂の名前を知らない人はいます。

彼が脚光を浴びたのは今から59年前の1968年のメキシコオリンピックでした。

その当時、日本にはプロのサッカーリーグは無く、日本は世界的に全く無名の国で言わばサッカー後進国でした。

ワールドカップに馴染んでいるサッカーファンならオリンピックであれ、ワールドカップであれ、世界の舞台で7得点を挙げるということがどれほど凄いことかお解りになるでしょう。

ともあれ、当時、テレビで大きく報じられたメキシコの銅メダルの映像とゴールを決めてフィールドを駆け回る釜本選手の姿は、当時の日本人の心に印象強く残っています。

そんな釜本選手の姿に憧れて、その後、多くのサッカー少年が誕生したのです。

現在、ワールドカップの常連国となるまでレベルアップした日本サッカーの偉大な功労者であることは疑う余地もありません。

釜本邦茂のプロフィール

出 生 名  釜本邦茂(かまもと くにしげ)
生年月日 1944年4月15日(73歳)
出 身 地 京都府
血 液 型  –
身  長  179cm
体  重  79kg

現在の釜本邦茂はというと?

日本サッカーリーグでは、251試合出場し、通算202得点、通算79アシストを記録した釜本邦茂は日本でナンバーワンのストライカーだと言われています。

その後、国会議員としても活躍しています。

ところが、日本のサッカー史上、最高の選手という評価がある一方で、一部では、当時の世界のレベルが低かったからアジアや世界で記録を残せたのだ。

釜本邦茂を過大評価し過ぎているのはという声があります。

つまりレベルの低い当時のアジアでの得点記録は高く評価できないという訳ですが、これはとんでもない偏った評価です。

なぜなら当時の世界のレベルは今より低かったのかも知れませんが、同様に日本サッカーのレベルはさらに世界に比べると低かったのです。

しかもテクニカルの面で現在のサッカーより劣っていたのは事実でしょう。しかしフィジカル(体力)は、昔も今も同じです。

今よりパス技術の劣る1960年代に世界のひのき舞台で7得点を挙げた釜本選手の突破力とシュート力は並外れていたと解ります。

2014年、英国スポーツ専門サイト『Sports MOLE』で、歴代日本代表選手の1位に、釜本邦茂が選ばれました。

名実ともに世界が正式に認めた日本を代表するサッカー選手となったのです。

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